2008年12月15日月曜日

女郎蜘蛛 其の壱

還ってきた男は退院後、自宅で養生している。

養生といっても、とりたててしなければならないこともなく、読書や屋敷の周囲を杖つきで散歩することぐらいしかない。

男は考えている。
あのとき、逝っていても不思議ではなかったのに、また暫くの『生』を与えられた。それには、なんらかの使命が課せられているのではないだろうかと。
しかし、もし使命が課せられているとしても、男には何をすれば良いのかわからなかった。

屋敷の周辺を散策すると、女郎蜘蛛の巣が至るところで見受けられた。織り込まれた蜘蛛の糸が見事なまでに等間隔のポリゴンを描いている。
男は著名な建築家がデザインした建造物を見上げるような眼差しで、女郎蜘蛛の巣を眺めた。


巣の中心には大きな一匹がおり、凝視すると細かい蜘蛛が無数に巣食っている。しかも、細かい蜘蛛もそれぞれで微細なポリゴンを築いて、しっかりと捕食しているのだ。
男は瞬く間に女郎蜘蛛の虜となった。


その日から、男は毎日欠かさず女郎蜘蛛の巣を見てまわるようになった。