2008年12月29日月曜日

女郎蜘蛛 其の弐

朝晩が肌寒くなりはじめた。
次第に季節が変わりつつあるのだ。冬の訪れがすぐ、そこまで来ている。

夏から秋にかけて、家屋敷の周囲至るところに張り巡らされていた女郎蜘蛛の巣だったが、その数が少なくなったような気した。しかし、複数の巣にはまだ大きな一匹がさらに大きくなって、構えていた。

数日後、男は風邪の症状を覚え、病院へ行った。
病状は幸い大したことがなかったが、数日の点滴が必要であることと通院にはバスの乗り降りが大儀であろうことから再度入院することとなった。これには主治医の勧めもあった。
退屈な病院での生活は1週間ほどだった。窓際の清潔なシーツに覆われたベットのうえで、男はぼんやりと女郎蜘蛛のことを考えて過ごしていた。

退院する頃にはすっかり冬の気候になっていた。
帰宅した男は、気になっていた女郎蜘蛛の巣を見てまわった。酸素吸引はしていたが、ボンベをひきずりながら歩くと、ひどく息切れがした。それでも、男は急ぎ足で巣を探した。

女郎蜘蛛の巣はあった。覚えのある場所にそのままの綺麗なポリゴンを描いて、確かにそこにある。ところが大きな一匹の姿がない。それどころか細かい蜘蛛たちもいなくなっている。目を凝らしても、無数にいた蜘蛛はどこかへ行ってしまっていた。
男はかなり困惑した。
鳥にでも啄ばまれたのか。誤って巣から落ちたのか。男にはわからなかった。

風の強い日が続き、数日が経った。
男はめっきり散歩へ出かけなくなっていた。風がきつく、寒いということもあったが、なにより女郎蜘蛛がいなくなってしまったことが大きかった。窓から覗くと、叩きつける風に女郎蜘蛛の巣は激しくはためいていた。
風が止んだある日、男は久しぶりに家屋敷の周囲を歩いた。いくつもあった女郎蜘蛛の巣はすべて無くなっていた。かろうじて糸が一本だけかかっているぐらいだった。どうやら強い風に煽られて、飛んでいったようだ。

男は考えた。
女郎蜘蛛はどこへ行ったのか。大きな一匹と無数の細かい蜘蛛には別に巣があるのだろうか。



しばらく日が経って男は、干乾びて小さく丸まった大きな一匹を見つけた。
そこに細かい蜘蛛はいなかった。